僕は小さい時、人狼に咬まれてしまった。

その日から僕の人狼としての人生がスタートした。

満月の夜がとても恐ろしい。

僕が僕で居られなくなるんだ。

満月の夜が来る度、怯えながら縮こまって過ごしている。

人を咬むかわりに自分を傷つけて・・・・

次の日の朝に気が付くとそこ等中傷だらけで、その傷を消毒しながら何度も何度も自分の運命を呪った。

涙を流して、叫んで、それでもまた満月の夜はやってきて・・・・

僕は自分が恐ろしくて、ずっと一人で過ごしていたんだ。

だって、気付いたら「大切な人が目の前で血だらけになって倒れていた」なんて事を考えると、怖くて怖くて・・・・・

だから一生、人知れず一人で生きようって決めてた。



ホグワーツに入学するまでは。



ダンブルドア先生はホグワーツ入学を拒否し続ける僕に言った。

「のう、リーマス。この世に生きる者全てには幸せになる権利があるのじゃ・・・・お前さんにも、獣にも、もちろんわしにも。」

「友とは何にも勝る宝じゃ。それを見す見す捨てるのは、とても愚かなことだわい。」

「何、お前さんにはわしが付いておる。何も心配することはない。」

『友人』というとても甘美で僕の生活からかけ離れた響きに魅了されて、僕はダンブルドア先生を信じて入学を決めた。

入学して暫くはやっぱり人と接するのが怖くて一人で行動していた。
だけど、先生の言ったことは正しかった。

ホグワーツで出来た(先生たちからすればちょっと手のかかる)素晴らしい友人たちは、僕の孤独な心を少しずつ解してくれた。
しかも彼らは、僕の正体を知っても、変わることなく友達で居てくれたんだ!

彼らは僕の正体に気付き、アニメーガスの勉強を必死にした結果、5年目にして変身を成功させた!
人狼は人以外は危害を加えない限り襲わない。だから頭の良い友人たちは、動物として変身した僕と満月の夜を過ごすことを思いついたんだ。
それからは、満月の夜にはこっそり暴れ柳の秘密の通路を通って、僕と一緒に過ごしてくれるから、辛くて仕方なかった夜も今はちっとも苦じゃない。
動物が傍に居てくれることで、僕は自分を傷つけることなく以前よりずっと穏やかな心で満月の夜を過ごすことができるようになった。






ある満月の日。あれはひんやりとした山風が、木々の新芽のとてもよい香りを運んでいたから5月か6月だったかな?いつものようにアニメーガスの友人と叫びの屋敷で過ごしていた僕は、2階の窓からぼんやりとホグズミートの方を眺めていたんだ。

ホグズミートの外れの林から大きく屋敷を囲む柵が何処までも続いている。
ちょうど林の間にある獣道のあたりに柵が途切れたところがあって、誰も出入りはしないけど、一応そこから叫びの屋敷の敷地に入れるようになっている。
僕が一人でここに隠れていたときは、人を咬めないストレスですごい叫び声を上げていたから「イギリス一、怖いお化け屋敷」になってしまって今では誰も近付かないんだ。

(ハニーデュークス菓子店に行きたいなぁ・・・・)

そんなことを考えていたら、途切れた柵のあたりの闇がフワッと動いた。
いや、闇は動いたりしない・・・・
でも、月光に照らされて黒光りした何かが屋敷へと向かってくる。
それは僕が鼻先を出していた窓の下で止まるとこちらを見上げた。

馬だった。

闇のように黒い馬だった。
月光を受けて艶々と美しく光る鬣と尾。
引き締まった脚と腹。
大きくて意思の強そうな眼。
美しい牝馬だ。
(僕は今狼だから、動物の性別なんてすぐわかるよ)

僕はその黒馬から目が離せなくなった。

一緒にいた鹿、犬、鼠も微動だにしない僕に気付いて、窓から鼻を出して黒馬を見つめる。

黒馬は一声嘶くと、そこへ膝を曲げうつ伏せた。






「なぁ、昨日の馬・・・・なんだろうな?」

「綺麗な馬だったよね・・・」

「朝になって見たら、居なくなってたよね。」

「・・・・また会えるかな?」

それからの満月はいつも以上に楽しみになった。
黒馬はあの日から毎回現れ、窓の下にうつ伏せてじっとしている。
何をするでもなく、ただじっとしている。
僕はそれだけで嬉しかった。






そんなある満月の夜。
僕はいつものように2階の窓から鼻を出して黒馬を待った。
湿った鼻先を擽る風はピリリと冬の訪れを告げる。乾いた空気に鼻をムズムズさせながら僕は林を見つめ続けた。

しかしその日は待てど暮らせど黒馬は現れない。
僕はその晩、あの黒馬が気になって一睡も出来なかった。

結局、朝になって僕が人間の姿に戻っても、黒馬は現れなかった。

「昨日はあいつ来なかったな。」

「どうしたんだろうね?」

朝食に大広間へ向かう途中、僕らは黒馬の話をしていた。

「おはようリリー。あれっ、は?一緒じゃないの?」

目敏く恋人を見つけたジェームズがリリーに話しかける。

「おはようジェームズ。・・・・は昨日の夜から医務室に居るわ。けっこう酷い高熱で、あと2、3日は授業も出られないみたい。」

リリーが心配そうに説明する。

とは、リリーの親友で僕らと同じグリフィンドールの生徒だ。
誰とでも仲が良くて学校中の人気者で、もちろん僕らともよく一緒に過ごしているし、秀才と言われるほど頭が良いけど、ちっともひけらかしてない。
学校中の男子がに好意を持っている、実は僕も密かに憧れているんだ。
明るくてよく笑ういつも元気いっぱいのだから、体調を崩したと聞いて心配になった。

「僕、ちょっと様子を見てくるよ!」

僕は駆け足で医務室に向かった。





医務室に並んでいるベッドでカーテンが閉まっているのは1つだけだった。

「・・・・?」

声をかけても返事が無い。
僕はちょっと戸惑ったけど、ゆっくりと静かにカーテンを開けた。

ベッドにはが横たわっていて薬が効いているのか、スヤスヤと寝息を立てている。
頬はいつもより少し赤い。やっぱり熱があるのだろう。
僕はの顔色を伺ったので朝食に戻ろうと思ったが、ベッド脇に設えてある引き出しの上に、無造作に置かれている小さくて厚い一冊のノートに気をとられた。

僕は悪いとは思いながらも、起きそうも無いと好奇心に勝てなくて、ついついノートを開いてしまった。

それはの日記だった。

僕はの寝顔をチラチラ確認しながら、パラパラとページを捲り、最後に書かれた日記を読んだ。
熱の為だろうか、普段より崩れた走り書きでその日の日記は綴られている。



「○月□日 晴れ

なんだか朝から熱っぽかったが、なんとか授業は全部出席した。
だが、宿題をやろうと談話室に向かう途中、倒れてしまい医務室に運ばれる。
節々が痛いし、天井がグルグル回っている。

熱なんて何年ぶりだろう?
元気で通っている私だから、みんなに心配をかけてしまうかも。
特にリリーはただでさえ心配性だから・・・・

今、深夜2時をまわったところだ。
今夜は素晴らしい満月が窓越しに輝いている。
薬のお陰でなんとか起き上がれるようになったが、まだ歩き回れそうに無い。

今日はあの人に会いに行けなかった。
なかなか会えないから、とても楽しみにしてるのに・・・・
このところ彼に会うのが唯一のドキドキするイベントだったから、会えないとなると無性に寂しくなる。
今も元気にしてるかしら?

でも仕方が無い。
早く治してまた今度・・・次の機会までこの気持ちをとっておこう。」



僕はショックで唖然として日記を閉じた。
には好きな人が居るんだ。

それは絶対僕じゃない。

だって、僕は毎日と顔を合わせているもん。
の好きな人は、なかなか会えない人なんだ。
誰なんだろう・・・・
先生かな?違う寮の生徒かな?

僕はそんなことを考えながら、ガックリと肩を落としトボトボと大広間へ向かった。